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『遠野物語』本編の第95話は、庭作りが得意な男が山で大岩を見つけ、持ち帰ろうとする話です。石にもたれた男は、石と一緒に空へ昇るように感じる。けれど気がつくと、元の場所で石にもたれたままです。
ここで終わらないところを、読んでみてほしい。
男は怖くなって逃げ帰るのに、その後も石を見ると、ときどきまた欲しくなると語られるんです。恐ろしい目にあったから、もう近づきませんでした。そんな一直線の結末にはなっていません。
最初の石選びから、男の好きなものが見えている
男は松崎の菊池某。原文は、山の草花を庭へ移し、面白い形の岩も重さをいとわず運ぶ人として紹介します。
だから、見たことのない美しい大岩を見つけたとき、持ち帰りたくなる。石は人が立ったような形で、高さも人ほどあると描かれます。相当に重いのに、男は背負って進みます。
この先の不思議さだけ読むと、石が男を連れていった話に見えるかもしれません。でも、最初に動いているのは男のほう。庭作りの好きな人が、美しい石を家へ運びたくなっている。その順を押さえておこう。
空へ昇る場面は、何を感じたかを追う
重さに耐えかねて石を道のそばへ立て、もたれる。そこから、男は石と共に空へ昇るように感じます。明るい場所、咲く花、どこからか聞こえる大勢の声。さらに昇り、やがて何も分からなくなる。
気がついたときは、前と同じように石にもたれています。
原文が語るのは、そのように感じたことと、気がついた後の姿です。本当に石が空を飛んだと実証する資料として読むものではありません。反対に、現代の病名を当てて原因を決めることもしません。
読み比べるなら、「昇っていた間の景色」と「気がついた後の位置」の二つへ線を引いてみよう。気がつけば、もとの位置にいる。その一文を読んだとき、途中の景色がどう見えるか。そこが読み直す入口になります。
逃げ帰った後の、一行へ戻ってみる
男は、この石を家へ持ち込んだら何が起こるか分からないと恐れ、置いて帰ります。ところが、その後も折々に石を見て、また欲しくなるという結びです。
怖さが消えた、とまでは書かれていません。欲しい気持ちも終わっていない。この二つが残る結末として読むと、冒頭の庭作りの紹介がもう一度気になりませんか。
手元の本で読みたいなら、柳田国男『新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺』角川ソフィア文庫が候補です。出版社は本編と拾遺に加え、索引と遠野郷地図の収録を案内しています。ISBNという本の識別番号は9784043083206です。
開くのは本編の第95話。拾遺にも番号があるので、まとまりを取り違えないでね。
最後の「また欲しくなる」という内容を読んだあと、最初の草花と岩を運ぶ姿へ戻ってみよう。不思議な石の話だったはずが、それを欲しがる人の話としても読める。その変わり方を、一つの短い話の中で追えます。