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『遠野物語』には、山の神や天狗、河童のような不思議な存在だけでなく、亡くなった家族がふと姿を見せる話も収められています。なかでも第22話は、通夜の夜に亡くなった老女が現れ、裾が触れた炭取がくるくると回る、という場面が印象に残る話です。
この記事では、青空文庫で公開されている柳田国男『遠野物語』(底本:岩波文庫『遠野物語・山の人生』)の本文をもとに、第22話と、同じ人の話が続く第23話を読んでいきます。引用は青空文庫の本文によるもので、後半の読み方のヒントや、旅とあわせた楽しみ方は、この記事の提案です。
※本文の表記は青空文庫の底本に従っています。
『遠野物語』と第22話の位置
どんな本?
青空文庫の図書カードでは、初出は「遠野物語」柳田國男、1910(明治43)年6月14日とされています。遠野郷に伝わる話を、短い番号付きの話として並べた本です。第1話は「遠野郷は今の陸中上閉伊郡の西の半分、山々にて取り囲まれたる平地なり」という書き出しで始まります。
「まぼろし」の話のひとつ
本の初めには、話の内容ごとに番号をまとめた題目の一覧があります。そこでは、第22話は「魂の行方」の項目に、第23話は「まぼろし」の項目に挙げられています。第22話と第23話は、どちらも佐々木氏の曾祖母が亡くなったときの話で、続けて読むと、通夜の夜と、その後の逮夜の出来事がつながって見えてきます。
題目の一覧から読む
題目の一覧には、ほかにも「前兆」「雪女」「川童」「狐」「小正月の行事」などの項目が並び、それぞれに話の番号が付いています。気になる項目から読み始められるので、最初から順に読むのが大変だと感じる人にも便利です。
| 題目 | 一覧に挙げられた話の番号 |
|---|---|
| 前兆 | 二〇、五二、七八、九六 |
| 魂の行方 | 二二、八六―八八、九五、九七、九九、一〇〇 |
| まぼろし | 二三、七七、七九、八一、八二 |
| 雪女 | 一〇三 |
| 川童 | 五五―五九 |
同じ「魂の行方」の項目に入っている話や、「まぼろし」の項目の話を読み比べると、亡くなった人の気配が、遠野の話の中でどのように語られているのかが見えてきます。この記事では、そのうち第22話と第23話を取り上げます。
遠野へのみちのり
第1話には、この地へ行くには花巻の停車場で汽車を降り、北上川を渡り、その支流の猿ヶ石川の渓を伝って東へ入ること十三里で遠野の町に至る、と書かれています。山々に囲まれた平地である遠野郷の姿を思い浮かべてから第22話を読むと、囲炉裏を囲む夜の静けさが、より身近に感じられるかもしれません。
| 話 | 場面 | 出来事 |
|---|---|---|
| 第22話 | 曾祖母の通夜の夜 | 亡くなった老女が裏口から入り、炉の脇を通る |
| 第23話 | 二七日の逮夜 | 門口の石に、亡くなった人の後ろ姿の老女が腰掛けている |
第22話と第23話を読む
1. 第22話:炭取がまわる夜
第22話は、「佐々木氏の曾祖母年よりて死去せし時」から始まります。棺に納めたあと、親族が集まって、その夜は一同が座敷で寝ました。そのなかには、死者の娘で、「乱心のため離縁せられたる婦人」もいた、と書かれています。
喪の間は火の気を絶やすことを忌むのが、その土地の風習でした。そのため、祖母と母の二人だけが、大きな囲炉裏の両側に座り、母は傍らに炭籠を置いて、ときどき炭を継いでいました。
すると、裏口の方から足音がして、来る者がいます。見ると、亡くなった老女でした。いつも腰がかがんでいて、着物の裾が引きずるのを、三角に取り上げて前に縫いつけていたのが、そのとおりの姿で、縞目にも見覚えがあった、と書かれています。
二人の女が座る炉の脇を通るとき、老女の裾が炭取に触れ、丸い炭取だったので、くるくると回りました。母は気丈な人だったので、振り返って後ろ姿を見送ると、老女は親族が寝ている座敷の方へ近づいていくようでした。そのとき、あの狂女がけたたましい声で「おばあさんが来た」と叫びました。ほかの人々はその声で目を覚まし、ただ驚くばかりだった、という結びです。
本文の末尾には、柳田による「マーテルリンクの『侵入者』を想い起こさしむ」という注が付いています。
2. 第23話:門口の石の後ろ姿
第23話は「同じ人の二七日の逮夜に」と始まります。親しい人々が集まり、夜が更けるまで念仏を唱えて帰ろうとしたとき、門口の石に腰掛けて、あちらを向いている老女がいました。その後ろ姿は、まさしく亡くなった人のとおりでした。
この話では、「これは数多の人見たる故に誰も疑わず」と書かれています。第22話では、姿を見たのは祖母と母、そして声をあげた狂女でしたが、第23話では、多くの人が見たことが強調されています。最後は「いかなる執着のありしにや、ついに知る人はなかりしなり」と、理由が分からないまま終わります。通夜の夜の出来事を受けて、二七日の逮夜にも再び姿が見られたことで、一つの家の出来事が、今度は多くの人が見た出来事として語られています。
第22話はどこが怖い?
ここからは、本文をもとにした、この記事の読み方の提案です。
細かな見覚えが本物らしさを生む
亡くなった人が現れる場面で、本文は顔つきよりも、着物の裾の縫い方や縞目といった、身近な人しか知らない細部を書いています。家族にとっては見間違えようのない特徴なので、読む側も「本当にその人だった」と感じやすくなっているように思えます。
回る炭取という小さな動き
幽霊の話でありながら、いちばん印象に残るのは、炭取が回るという、ごく小さな物の動きです。姿を見ただけなら気のせいだと思えても、物が実際に動いたことで、その場に何かが通ったことが確かめられたように感じられます。音もなく静かな場面の中で、炭取だけがくるくると回る光景を思い浮かべてみてください。
気丈な母と、叫ぶ狂女
母は気丈な人で、振り返って後ろ姿を見送っています。一方、座敷で寝ていた狂女は、けたたましい声で「おばあさんが来た」と叫びます。落ち着いて見送る人と、声をあげる人の対比があることで、場面に緊張が生まれています。ほかの人々は、その声で目を覚ましただけで、姿は見ていません。誰が何を見たのかを整理して読むと、話の組み立てがよく分かります。
理由が書かれない終わり方
第23話の最後は、何への執着があったのか、ついに知る人はなかった、という言葉で終わります。なぜ現れたのかを説明しないことで、かえって読み手の想像が広がる終わり方になっています。
| 読みどころ | 本文の言葉 |
|---|---|
| 見覚えのある姿 | 裾を三角に取り上げて前に縫いつけ、縞目にも見覚えあり |
| 物の動き | 丸き炭取なればくるくるとまわりたり |
| 叫び声 | おばあさんが来たと叫びたり |
| 理由の分からなさ | ついに知る人はなかりしなり |
読むときと旅のヒント
ここも、この記事の提案です。
声に出して読んでみる
『遠野物語』の文章は文語体ですが、一つ一つの話は短いので、声に出して読むとリズムがつかみやすくなります。第22話なら、「あなやと思う間もなく」から炭取が回るところまでを、少しゆっくり読んでみてください。
注にも目を向ける
柳田は第22話の末尾に、マーテルリンクの『侵入者』を思い起こさせる、と書いています。遠野に伝わる話を、海外の作品と結びつけて見ていたことが分かる一文です。本文だけでなく、こうした注にも目を向けると、編者の視点が感じられます。
前後の話と続けて読む
第22話と第23話は同じ人の話なので、続けて読むと、通夜の夜から二七日の逮夜へと、時間の流れが感じられます。第22話は「魂の行方」、第23話は「まぼろし」と、題目の一覧では別の項目に分けられているのも興味深い点です。同じ項目に並ぶ話を探して読み比べると、遠野の人々が亡くなった人をどう感じていたのかを、さらに考えるきっかけになります。
佐々木氏の家の話をたどる
佐々木氏の曾祖母は、第59話にも登場します。幼かったころ、友だちと庭で遊んでいると、胡桃の木の間から真っ赤な顔をした男の子の顔が見え、それは川童だった、という話です。同じ人が、幼いころには川童を見た話の中に、そして亡くなったあとには第22話・第23話の中に現れることになります。一人の人物を手がかりに、離れた番号の話をつないで読むのも、『遠野物語』ならではの楽しみ方です。
旅の前に読む
遠野を訪ねる予定があるなら、旅の前に、気になった話を何話か読んでおくと、現地で見る景色の受け取り方が変わるかもしれません。本は軽い文庫を一冊持っていくか、スマホで青空文庫を開けるようにしておくと、移動中にも読み返せます。
場面を絵にしてみる
本文に出てくる物を書き出してみると、大きな囲炉裏、炭籠、丸い炭取、座敷、裏口と、場面の配置がはっきりしてきます。囲炉裏の両側に祖母と母、少し離れた座敷に親族と狂女が寝ている、という配置を簡単な図にしてみると、老女がどこから入り、どこへ向かったのかが分かりやすくなります。
自分の言葉で書き直してみる
文語体の文章は、一度自分の言葉で短く書き直してみると、内容がしっかり頭に入ります。たとえば第22話なら、「通夜の夜、火の番をしていた祖母と母の前を、亡くなったおばあさんが通り過ぎた。裾が触れた炭取がくるくる回り、座敷で寝ていた娘が『おばあさんが来た』と叫んだ」というように、三つか四つの文にまとめてみてください。原文と見比べると、省いた部分に、話の味わいがあることにも気づけます。
怖い話が苦手な人へ
第22話は、驚かせるような描写よりも、静かな場面の中の小さな出来事が中心です。怖い話が苦手な人でも、昔の通夜の風習や家族の姿を描いた話として読むことができます。
遠野物語第22話のよくある質問
第22話は題目のどの項目に入っている?
本の初めの題目の一覧では、第22話は「魂の行方」、第23話は「まぼろし」の項目に挙げられています。
佐々木氏の曾祖母はほかの話にも出てくる?
第59話に、幼いころ胡桃の木の間に川童の顔を見た、という話があります。
なぜ二人は囲炉裏のそばにいたの?
本文では、喪の間は火の気を絶やすことを忌むのがその土地の風であったため、祖母と母の二人だけが囲炉裏の両側に座り、炭を継いでいた、と書かれています。
どこで読める?
青空文庫で、柳田国男『遠野物語』が公開されています。
炭取が回るのはどの話?
第22話です。亡くなった老女の裾が炭取に触れ、丸い炭取だったのでくるくると回った、と書かれています。
誰が「おばあさんが来た」と叫んだ?
死者の娘で、乱心のため離縁された婦人とされています。
第23話では何が起きる?
二七日の逮夜に、門口の石に腰掛けている老女の後ろ姿を、多くの人が見た、と書かれています。
遠野物語の第22話を炭取の場面から読もう
『遠野物語』第22話は、通夜の夜に亡くなった老女が現れ、裾が触れた炭取がくるくると回る話です。続く第23話では、門口の石に腰掛ける後ろ姿を多くの人が見ます。短い2つの話を、見覚えのある着物や炭取の動きに注目しながら、ゆっくり読んでみてください。