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山で、もう猟をやめたいと思うほどの怖いことに出会った。その後は、二度と山へ入らなかった。
そんな結末を予想して読むと、『遠野物語』第60〜62話は、少し違うところへ連れていくよ。
三つの話に出てくるのは、和野村の嘉兵衛爺という猟師。狐を狙ったときの異変、白い鹿のように見えたもの、夜の木の上に現れた赤い衣の者。どれも短いのに、最後までつなぐと、怪しいものを見たという話の奥に、この人の迷いが残るんだ。
猟をやめたいと誓い、また思い返し、年を取るまで続けてしまう。どうして、と気になるよね。
生活の事情や家族の言葉まで原文に書かれているわけではない。だから、書かれた判断を一つずつ見てみよう。怖さと、猟師としての自負と、続けてしまう結末。その間を急いで埋めないところに、読みどころがあるよ。
第60話は狐から始まる。でも、土を詰めた場面は見えていない
嘉兵衛爺が最初に待っている獲物は、雉子だよ。小屋に入って待っていると、狐が何度も現れて雉子を追ってしまう。それを憎らしく思い、狐を撃とうとするところから、話が動き出す。
ここ、最初から妖怪退治をしに山へ来た人の話ではないんだ。
雉子を待つという仕事があり、それを妨げる狐がいる。読んでいる側も、まず何が邪魔になっているのかを追える。怪異の名前を調べる前に、この人が何をしようとしていたかを押さえておこう。
狙われた狐は、こちらを向いて平気そうな顔をしている。ところが引き金を引いても発火しない。胸騒ぎを覚えて銃を調べると、銃の内部に土が詰まっていたと語られるよ。
えっ、いつの間に。
この、土が入るまでの過程を見せないところで、話が止まるんだ。
狐が前足で土を運び、こっそり詰めた場面が描かれるわけではない。狐の姿、撃とうとした行動、作動しない銃、見つかった土が順に置かれている。狐が何をしたのか気になるけれど、読者が思い描いた場面を、そのまま本文の出来事として足さないで読みたいね。
狐の顔も、ここでは効いてくると思う。
嘉兵衛爺は相手を狙っているのに、その相手は慌てていない。そこへ銃の異常が続くので、腕や道具を頼りにしていた側の見通しが崩れていくように読めるよ。ただし、狐が先にすべてを計画していたと原文が説明している、という意味ではないからね。
この話を読み返すなら、獲物が途中で変わったところに印を付けてみよう。雉子を待つ、邪魔する狐を撃とうとする、銃を調べる。人の注意の向きが変わるたびに、見えるものも変わっていく。短い段落だけれど、行動は一つではないんだ。
同時に、怖かった瞬間の位置も見たい。土を見つけてから初めて胸騒ぎがした、という並びではなく、胸騒ぎがあって銃を調べ、そこで土に気づく。何かおかしいと感じることと、その理由らしいものを見ることの順番があるよ。
一話だけを紹介するなら、「狐が銃に土を詰めた話」と短く言いたくなるかもしれない。でも本文をもう一度開くと、誰が土を詰めたかを目撃した説明は見当たらない。この空白を残しておくと、次の話でも、この猟師に何が見え、どう受け止めたのかを追いやすくなる。
原文は青空文庫の『遠野物語』の「六〇」から読めるよ。紙で三話を往復したいなら、同じ作品を収める文庫を手元に置く方法もある。
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第61話の白い鹿。怖さだけでなく、人からどう見られるかも迷いになる
次の話は、別の猟師の紹介から始まらない。「同じ人」と受けるので、引き続き嘉兵衛爺の話だと分かるよ。舞台は六角牛。そこで白い鹿に出会ったと語られる。
白鹿は神だという言い伝えがあり、傷つけたのに殺せなければ祟りがある、とこの人は考える。一方で、名のある猟師でもあるため、世間から嘲られることも気にかける。そして、撃つ判断をするんだ。
あ、ここは単に「怖いけれど勇敢に立ち向かった」とまとめたくないところ。
原文には、神だとされる白鹿への恐れと、人からの評価を意識する気持ちが両方出てくる。この二つがあるから、撃つかどうかの迷いが、相手の正体だけでは決まらないんだよね。自分がどういう猟師なのかという立場も、判断の中へ入っている。
猟師としての誇り、と読んでもよさそうだけれど、それだけできれいに包まないでおこう。本文で気にしているのは、世間の嘲りでもある。立派な使命や村を救う目的を新しく足すと、ここで見える葛藤が変わってしまうからね。
撃っても鹿は動かない。さらに魔除けとして用意していた弾も使うけれど、やはり動かない。あまりに不思議なので近づくと、それは鹿の形によく似た白い石だったと分かるよ。
白い鹿が目の前で石に変身する場面がある、という書き方はしないでね。原文で確かめられるのは、鹿だと思っていたものへ近づいて、白い石を見たという流れ。何が見えたかと、どんな変化が描かれたかは、別に追っておきたいんだ。
この先がまた、引っかかる。
長年山で暮らしてきた自分が、石と鹿を見間違うはずはない。魔障の仕業だとして受け止め、今度ばかりは猟をやめたいと思った、と話は続くよ。
ここでは、数十年も山中で暮らしてきたという経験が強調されている。山を知らない人が間違えた、という説明には進まず、経験を積んだ猟師にも起きたこととして不思議が語られるんだ。経験があることが、そのまま怖さを消す材料にはなっていない、と読めるね。
ただ、読者まで同じ説明を唯一の答えにする必要はないよ。見間違いだったと断定するにも、超自然の力を証明したと言うにも、この短い記述だけでは材料が足りない。まず、この経験を語る中に、魔障という言葉が説明として置かれることを見る。その距離を保つと、語りの受け止め方も考えられる。
第60話では道具の内部へ土が入っていた。第61話では、狙っていた相手が白い石だった。並べると、自分の側で頼みにする道具と、相手を見分ける自信が、それぞれ揺らぐ話として読めるよ。これは三話をつなぐ読み方の一つで、すべてを同じ妖怪が起こしたという説明ではないんだ。
ここまで読んだら、二つの迷いを別々にメモしてみて。「撃つ前にためらった理由」と、「石を見た後に猟をやめたくなった理由」。前者は祟りへの恐れと世間の評価、後者は自分の経験では説明しにくい出来事。判断が変わる場所を分けると、筋がずっと追いやすくなるよ。
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第62話の赤い衣。正体の名前を急いで付けるより、猟師の結末まで
三話目も「また同じ人」と続く。これで、それぞれの山の不思議が、同じ嘉兵衛爺の経験としてまとまっていくよ。
ある夜、小屋を作る暇がなかった嘉兵衛爺は、大きな木の下で休む。魔除けの縄を周囲へめぐらせ、銃を抱えてまどろんでいると、夜更けに物音がする。見上げれば、大きな僧のような姿の者が、赤い衣を羽のように羽ばたかせ、その木の梢へ覆いかかっていたというんだ。
思わず妖怪の名前を探したくなる場面だね。
でも、この第62話の本文は、その者を天狗だと名指してはいないよ。僧のような姿、赤い衣、羽ばたく動き。それぞれの記述を見てから、どんな姿を想像するかを考えてみよう。
衣が羽のように動くことから、鳥の翼が体に付いていた、と細部まで確定しない。大きな僧形の者と書かれるからといって、顔や鼻の長さまで追加しない。図鑑で見慣れた絵を先に置くと、本文にはない姿まで見た気になってしまうからね。
嘉兵衛爺が銃を放つと、その者は再び羽ばたいて空へ戻っていく。ここで相手を倒したとは語られない。正体をつかみ、勝利を確かめ、安心して眠る結末を予想していると、本文の短さがいっそう気になってくるよ。
第60話で銃が作動しなかったことを覚えているなら、この第62話では発砲の後に相手が飛び去るという違いも見える。銃があるから必ず無事とも、銃が必ず役に立たないとも、三話を同じ結果へ揃えないで読みたいね。
それから、魔除けも一つの手がかりになる。第61話には危急のために用意した弾、第62話には周りへめぐらせる縄が出てくる。原文では、猟師が不思議へ備える道具として置かれている。ただ、それを今の山で使えば身を守れるという実用的な方法へ変えて紹介はできないよ。この話は、現代の登山や狩猟の安全手順を示すものではないからね。
夜の話を読み終えたら、あと少しだけ先へ進もう。
ここから、嘉兵衛爺自身の時間へ話が戻っていくんだ。
このような不思議に三度遭い、そのたびに猟をやめようと誓い、氏神へ願掛けもした。それなのに、やがて思い返して、年を取るまで猟師の仕事を捨てられなかったと、よく人に語っていたとされる。
怖い目に遭うたびに、きっぱりやめる。
そういう一直線の結末にはならないんだよ。
誓ったことは書かれる。願掛けしたことも書かれる。そして、続けたことも書かれる。この三つを一緒に残しているから、単なる怪異の目撃談の後に、嘉兵衛爺という人の迷いが残るように読める。怖さをなかったことにして続けた、とまでは書かれていないところも気にかけたいね。
三つを続けると、「やめたい」と「続けた」の間が気になってくる
どうして、そこまで怖かったのに猟を続けたのかな。
読み終えた後に戻ってくるこの疑問には、原文が詳しく語らない部分もあるよ。家計が苦しかった、家族に頼まれた、山が好きだった、といった理由は、この三話だけから本人の事情として足せない。
はっきり読めるのは、第61話で世間の嘲りを気にしたこと、そして第62話の最後で、やめようと思いながら続けていたと語られること。理由を一つ作って解決する前に、その両方を見てみよう。
一度読むだけでは出来事が混ざりそうなら、次の表のように三つの欄へ分けてみて。
| 話数 | 何をしていたか | 不思議として語られること |
|---|---|---|
| 第60話 | 雉子を待ち、邪魔する狐を狙う | 発火しない銃に土が詰まっている |
| 第61話 | 白い鹿を見て、撃つかどうか迷う | 近づくと鹿に似た白い石だった |
| 第62話 | 山中の大木の下で夜を過ごす | 赤い衣の僧形の者が現れ、飛び去る |
この表に、もう一つ自分で加えるなら「誰がどう感じたか」の欄がおすすめ。銃を調べる前の胸騒ぎ、石を見て猟をやめたくなる思い、夜の怪異への恐ろしさ。全部を読者の感想で埋める前に、本文で嘉兵衛爺へ結び付けられたものを拾ってみよう。
そうすると、見たものの記録と、それを受け止める説明を分けられる。第61話なら、白い石を見たという出来事と、自分が見誤るはずはなく魔障の仕業だという説明。どちらかを消さずに並べると、原文の人の考え方へ近づく読み方になるよ。
三話の間をつなぐ短い言葉も探してみて。第61話の「同じ人」、第62話の「また同じ人」。この受け方があるから、毎回新しい人物を思い浮かべず、一人の人が何度も山へ戻った話として読める。最後の「三たび」というまとめへ進んだとき、前の二話も一緒に思い出せるね。
読書メモに感想を書くときは、たとえば「経験のある猟師だからこそ、白い石を受け入れにくかったように読めた」と、自分の読みとして置く方法がある。「作者は必ずこういう心理を教えたかった」と意図を決めつけず、気になった言葉と隣に書いてみよう。
今の仕事や習慣へ、そのまま同じ事情を当てはめる必要もないよ。分からない理由を分からないまま残しても、この人が迷っていたことを読む手がかりはある。自分なら絶対やめる、とすぐ結論を置く前に、何を誓い、何を続けたと語られるのかへ、もう一度目を戻してみたいね。
紙の本を選ぶなら、柳田国男『新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺』の文庫が候補になる。KADOKAWAの公式書誌で、ISBN9784043083206、文庫判、274ページ、年譜・索引・遠野郷地図付きと確認できるよ。今回読む第60〜62話は『遠野物語』のほうで、『拾遺』の同じ番号と取り違えないでね。
青空文庫のこの版も、底本として同名の新版文庫を挙げている。話数から往復するなら、本文がある部と番号を確かめてから探そう。現代語訳や漫画版を選ぶ場合には、それぞれの版の収録内容や表現を見てね。ここで読んだ原文と、一字一句同じ説明になるとは限らないよ。
楽天の検索には、中古の同文庫も並ぶ。今回確認した商品も中古品だったので、状態、書き込みの有無、送料、届く日などは注文する商品の表示で確かめよう。新品同様の状態や翌日の到着を、記事から約束はできないよ。今すぐ三話を読みたいなら、先に青空文庫で開き、紙の本が欲しいかを後で考えてもいいね。
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まずは第62話の最後まで、切らずに読んでみよう。
赤い衣の者が飛び去ったところで閉じると、その後に続く嘉兵衛爺の迷いを読み落としてしまう。怖いものが何だったのかに加えて、怖い目に遭った人が、その後どうしたと語るのか。そこまで読むと、三つの短い話が、一人の人の長い時間へつながっていくよ。