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デンデラ野。遠野の姥捨て伝説の場所、と聞くと、老人を山へ置いてきて、そのまま話が終わる光景を思い浮かべるかもしれない。
けれど、『遠野物語』第111話を開くと、その先に、里へ下りて働く老人が出てきます。
えっ。村とのつながりは、そこで切れてしまうわけではないの?
この短い一節、立ち止まって読みたいところです。ひとことで覚えていた伝承が、暮らす場所と働く場所の話へ変わってくる。さらに第112話では、向かい合う土地と、その間の家々が描かれます。
今回は、青空文庫で公開されている柳田国男『遠野物語』の第111・112話を中心に、第114話の青石のくだりも読んでいきます。そこから、現在の山口集落を紹介する遠野市観光情報サイトへつないでみよう。
原文が伝えること、こちらが考えること、現地の案内で確かめられることを、一つずつ分けて読む話です。物語に書かれた老人の扱いを、そのまま遠野全体の歴史的制度として証明したことにはしません。
第111話、老人は里へ下りて働く。最初の一文だけで閉じないでね
第111話は、山口など、いくつかの土地にダンノハナという地名があり、その近くに、向かい合う蓮台野がある、と並べるところから始まります。
そして、昔は六十を超えた老人を、この蓮台野へ追いやる習わしがあったと記します。ここだけ取り出すと、山へ捨てられた人の話として、頭の中で結末まで作ってしまいそうだよね。
でも、続きがあります。
老人は、ただ死んでしまうわけにもいかず、日中には里へ下り、農作をして暮らしをつないだ、と語られるのです。本文は、追いやるという出来事のあとに、働く人の動きを置いています。
この順番で読むと、隔てられたらその後は何も描かれない、という話ではなくなる。里へ下りる人がいて、農作がある。村と離れた場所の話の中へ、毎日の仕事が入り込んでくるんだね。
ただ、その一節があるから、老人は大切にされていたとすぐに言い換えるのも違います。追いやると書かれている重さは残るし、働くことで生活をつなぐ姿も書かれている。片方だけを取って、安心できる結論へまとめないで読みたいです。
第111話は、最後に言葉の話へ進みます。山口や土淵のあたりでは、朝に野へ出ることをハカダチ、夕方に帰ることをハカアガリと言う、と伝えるのです。
地名の説明から始まり、老人の扱いへ、そして農作へ出入りする言葉へ。短い話なのに、見ている物が三回変わっている。読んだあとに残るのは、置き去りにされた一人だけでなく、里との間を動く人の姿です。
ここで、原文の言葉を一つずつメモしてみる提案です。「追いやる」「下りる」「農作」「朝に出る」「夕方に帰る」。出来事の順番を並べれば、最初に思い浮かべた光景と、本文に書かれた範囲を比べられます。
もちろん、何人が、何年から何年まで、どんな決まりでそうしていたかまでは、この一話からは確かめられません。「昔は」という語りと、制度の記録や調査結果を混ぜないようにしよう。
怖い地名の説明として急いで通るより、その先の働く一日まで読む。第111話を開き直すなら、まず、この短い続きへ目を向けてみてね。
第112話は、場所の関係を描く。二つの丘だけでなく、間の人家も見てみよう
第112話へ進むと、文章は地形や出土する物の説明へ移っていきます。老人に何が起きたか、そのまま長い物語が続くわけではないんだね。
ダンノハナは村境の丘の上にあり、山口では館跡から続く所だと記されます。昔、館があった時代に囚人を斬った場所だったのではないか、とする語りもあります。
ここは、その由来が史実として確定していると言い切る文ではありません。原文が、推し量る形で伝えている点まで、読んでおきたいところです。地名に重い由来が付いていることと、それを確定できることは分けます。
その一つ前、第111話に添えられた注にも戻ってみよう。そこには、ダンノハナを壇の上の高い場所という方向から考え、境の神を祭る塚ではないかとする説明があります。続く第112話の、館の時代の処刑の場所ではないかという話と、同じ説明へ一本化されてはいません。
名前の由来を一言で聞かれたときも、一つの説だけを確定した答えにしない。本文と注を並べると、同じ土地を説明する言葉に、複数の考えが置かれていることまで読めるね。
一方、蓮台野は、山口の人家を隔てて、ダンノハナと向かい合うと書かれます。二つの名前を地図の別々の点にするだけでは、間に家々があるという描写が抜けてしまう。
あっ、村の人が暮らす所が、その間にあるんだ。
第111話の、里へ下りて働く老人の動きと重ねると、離れた場所どうしの距離だけでなく、暮らす空間の配置が気になってきます。どこからどこへ行くのか。その間に、何があるのか。原文がわざわざ位置関係を描く意味を考えられます。
ただし、二つの土地と集落の関係を、善悪の三段階や、必ず同じ意味を持つ配置へ固定する必要はありません。現在の観光案内には、生と死の空間として読む解釈もありますが、それは土地を読む見方の一つとして受け取りたいです。
第112話はさらに、沢や低地、田になっている場所、石器や土器の話へ進みます。ホウリヤウと呼ぶ別の土地に出る物と、蓮台野から出る物の違いも、細かく書かれています。
突然、土器の模様や石の質の話になるので、初めて読むと、姥捨ての話はどこへ?と思うかもしれないね。でも、この切替を飛ばさず見ると、この土地には、一つの伝承だけでは収まり切らない説明が重なっていると読めます。
とはいえ、本文で使われる古い呼び名や、出土品への評価を、そのまま現代の考古学的な分類に置き換えることはできません。発掘調査報告を読んで年代を確定したかのようには扱わず、当時の文章が何に違いを見たかを追います。
読みながら配置を整理するなら、左右にダンノハナと蓮台野を書き、間に人家を置く、ごく簡単なメモでよいと思います。これは原文を読むための略図。縮尺や今の道を示す地図ではないので、現地での道順にそのまま使わないでね。
本を開くときには名前を、外へ出るときには現在の地図を。二つがつながると、向かい合うという一言にも、立ち止まってみる理由が生まれます。
第114話の青石の下には何が? 掘る好奇心と、止める声を読もう
少し先、第114話では、山口のダンノハナが共同墓地だと記されます。丘の上を取り囲む木、東側の入口のような所、中央の大きな青石。読者の目が、広い地形から、一つの石へ寄っていきます。
そこで語られるのが、青石の下を掘った人の話です。一度目には何も見付からず、のちに再び掘ると、大きな瓶が見付かった。すると、村の老人たちが強く叱り、もとのようにしておいた、と続きます。
何もなかった、という一回目と、瓶があった、という次の話。結果が一つにそろっていません。読者としては、中には何があったの?と先へ行きたくなるけれど、本文は、老人たちの声によって動きを止めます。
ここで、読んでいる自分の好奇心も少し問われるように感じます。物があると分かったら、どこまでも確かめてよいのか。共同墓地として使う人たちにとっては、ただ珍しい物がある場所ではないよね。
これは、この場面から考えられる読み方の一つです。老人たちがそう言った理由を、原文にない長い会話や気持ちで埋めることはしません。ただ、掘ったという行動と、叱られ、戻したという結びがある。その二つを続けて読むことができます。
瓶は館の主の墓なのではないか、という伝え方も出てきますが、それを開けて、中身や人物を確定した結末ではありません。話の余白を、具体的な骨や宝物の発見へ変えずに残しておこう。
また、このくだりのあとには、近くの館の名や、堀、井戸の跡などの説明も続きます。不思議な瓶だけで話を覚えると、そこが人の暮らした土地であり、記憶の重なる場所だという描写を取り落としてしまう。
第111話では、追いやられた老人が日中に里へ下りる。第114話では、老人たちの声が、墓地を掘る動きを止める。同じ老人という言葉が出てきても、同じ人たちだと特定するのではなく、別の場面でどんな行動が描かれるかを並べて読めます。
遠野の物語を、妖怪が出る場面だけ探して読む日があってもいい。でも、今回は、怪異の名前を探す手を少し止めてみよう。土地に残る物と、それをどう扱うかという人の動きにも、読みたいところがあります。
青石の下を確かめるために、現地で掘る必要はありません。本で、どこまで書かれ、どこで止まるかを読む。その止まる位置まで含めて、この一話の面白さを考えてみたいです。
現地の「デンデラ野」と、本の「蓮台野」。山口集落へ行く前に名前をそろえよう
ここまで原文では蓮台野と書いてきましたが、現地の案内でよく出てくるのはデンデラ野です。この名前の違いも、旅の前に一度見ておきたいところ。
遠野市観光情報サイト「遠野時間」の山口集落特集は、本編の第111話に出る蓮台野が、デンデラ野ではないかと考えられている、と説明しています。また、『遠野物語拾遺』の第266・268話には、デンデラ野という地名が登場すると案内しています。
本編第111話の表記と、拾遺に出る地名と、現地の呼び名。どの文章を開いているかをそろえると、名前が違うから探す場所を間違えた、とすぐに思わずに済むね。
ただ、同じ題名の現代語訳や絵本で読んだ記憶を、原文の表記として混ぜないようにしよう。旅で一冊持っていくなら、タイトルだけでなく、著者、版、どの話を読むかを先に合わせておくと、見たい箇所へ戻れます。
今回の文庫の候補は、角川ソフィア文庫『新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺』。出版社の書誌では、2004年5月10日発売、274ページ、ISBN9784043083206です。目次には本編と拾遺、解説、年譜、索引があり、紹介には遠野郷地図も挙げられています。
この文庫の検索先では、中古品も確認できました。状態や付属する帯、書き込み、配送条件を見て選んでください。地図付きという書誌紹介だけで、現在の道路状況までその本の中に反映されているとは考えないようにね。
山口集落は、佐々木喜善が生まれ育った土地として紹介される、現在も人の暮らす集落です。遠野時間は、2013年に国の重要文化的景観に選定されたことも説明しています。物語の一地点だけを、周囲から切り離された展示物として見る場所ではないんだね。
公式の山口散策モデルコースでは、水車小屋、薬師堂、ダンノハナと佐々木喜善墓地、山口デンデラ野などが挙げられています。目安は2時間程度ですが、これは車での移動を含むコース。全行程を徒歩2時間で必ず回れるという読み方にはしません。
また、コースに山口さんさ踊りも載っていますが、祭りや催しの際に見られるものとしての案内です。ふだん訪ねれば、必ず踊りを見せてもらえる施設がある、と予定へ入れないでね。
ダンノハナは今も共同墓地として紹介されています。散策するときは、墓参する人や生活する人の動きを優先し、家や墓所の中へ、観光のつもりで勝手に入り込まないようにしよう。公開されている道や現地表示を確かめ、見てよい範囲から土地の関係を考えます。
原文の略図と、現在の地図を比べたいなら、まず、どこからどこを見るのかを確認しておこう。暗くなってから丘の位置を探すより、明るい時間に、足元と行ける道が分かる状態で歩く計画がよさそうです。
現地で何か不思議な現象が起きる、と期待を約束する旅ではありません。家々、丘、川、道がどんな距離で存在するのか。本で読んだ向かい合う土地の話が、どんな風景へつながるのかを、自分の目で見られる範囲で確かめる。そのための読書を、出発前に少ししておこう。
第111話をもう一度開いたら、老人を追いやる一文で閉じずに、その先を読んでみて。里へ下り、働く動きが書かれています。
そのあと第112話へ進むと、今度は村の家々が、二つの土地の間にある。怖い話の一言で覚えていた場所へ、暮らしの動きと距離が戻ってくる。
旅へ行く前でも、本の中でできる発見はあるんだね。まず、この三話を続けて開くところから始めてみよう。
出典:青空文庫『遠野物語』第111・112・114話、遠野時間の山口集落特集、公式山口散策コース、KADOKAWAの書誌。2026年10月17日確認。本文から広げた読みは、唯一の正解や歴史的事実の認定ではなく、読解の提案です。